H株式会社からXシステム事業を承継した株式会社Hは、事業規模を大きく縮小して事業を承継しました。特に、営業に携わる人材はほとんど解雇され、ほぼゼロの状態でした。S工業のS社長は、営業の手が薄くなった株式会社Hの営業的な仕事にも少しずつ関わるようになってゆきました。

Xシステムの国内最大独立系メーカーであったH株式会社から引き継いだXシステム事業は、こちらから特に営業をしなくても従前からの付き合いの取引先がリピートで注文をくれる様な状態でした。株式会社Hには、何もしなくても注文がそれなりに入って来ていたのです。

また、株式会社HにはH株式会社からそのまま引き継いだ某大な見込み客リストがありました。それについても、株式会社HのY社長は特に何もせず、かえってそれを使って何をすべきかの想像もつかないようでした。また、Y社長を裏で操るH株式会社の元社長も、特にそれについて発言したり行動したりすることはありませんでした。

若い時から神田正則氏の影響を多分に受けてきたS社長にとっては、それはあり得ない状態でした。これだけ手元にマーケティングの素材があるのに何もしていない。S社長のマーケティング魂にそぞろに火が付き始めました。そして、S社長の胸中には、「いつしか株式会社HのXシステム事業を手に入れたい」という密かな願望が渦巻くようになりました。

Xシステムの事業承継から3年が過ぎ、持病持ちであったH株式会社の元社長が突如お亡くなりになりました。後ろ盾を失ったY社長は狼狽し、経営的に合理的な判断を下すことが困難になりました。

H株式会社の社長が亡くなった事は不幸な出来事でしたが、S工業にとっては何らかのブレークスルーを起こさせるきっかけとなりました。実質的経営者を失った株式会社HのXシステム事業は迷走し、S工業がアクションを起こす事によって市場における一定のポジションを取ることが可能に見え出したのです。

(続く)

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