先日、漏れのクライアントさんとツイッターでやり取りをしていたところ、何かのはずみで軽井沢の教会の事に話題が及んだ。クライアントさんは漏れとほぼ同じ年齢で、結婚した歳も同じくらいだが、軽井沢の教会で結婚式を挙げたとのことだった。しかし、彼曰く「ちゃんとした教会ではないかもしれません」とのこと、ちょっと調べてみたら案の定、彼の言う通り「ちゃんとした教会ではなかった」そこで漏れはその結果を彼にツイッターで教えてあげたのだが、少し経って、「そもそもちゃんとした教会とはどういう教会か」という疑問が浮かんできた。そこで自分なりにその答えを考えてみたが、これも簡単に答えられる問題ではないと改めて思わされてしまった。

まず、教会とは、キリスト教の信徒が集まって礼拝を捧げるための建造物の事を意味すると一般的に思われていると思われるが、もともとは新約聖書の原文で使われているギリシャ語のエクレシア(εκκλησ?α)という単語の訳語である。このエクレシアという言葉は、「何らかの目的をもって召された人々の集まり」という意味を持つが、ここで言う何らかの目的とは、キリストを信じる信仰を告白することが主目的であると理解して問題ないと思われる。よって、エクレシア=教会とは、キリストを信じる人々の集まる場所である、という理解がまずは無難であると思われる。よって、十字架が掲げられ、豪華絢爛なチャペルを持った立派な「教会」があったところで、そこにキリストを信じる人々が集わないのであれば、教会とは呼べないことになる。ましてや、結婚式を挙げるためだけに用意された「教会」などは、絶対に教会と呼べるシロモノではない。

ところで、日本にはこの種の結婚式を挙げるためだけに存在する「教会」、建築の専門家は「結婚式教会」と呼ぶそうだが、が、少なからず存在するようだ。結婚式教会では、結婚式を華やかにするための演出や仕組みが随所に用意されているそうで、例えば、花嫁のウェディングドレスをきれいに浮かび上がらせる構造・ライティング、きらびやかなステンドグラス、ゴシック風の装飾、豪奢なパイプオルガン等々だ。そういえば、漏れの事務所のすぐそばに結婚式用のチャペルを併設したホテルがあるが、漏れは一度昼休みの時間にそのチャペルに忍び込んでそこに設置されたパイプオルガンを勝手に見学させてもらったことがある。それは、およそ普通の教会では絶対に入手できないような類のパイプオルガンで、教会オルガニストが見れば垂涎ものの素晴らしいものだった。パイプオルガンは、コストがパイプ一本あたり100万円と言われるくらい高価なものであるが、その「チャペル」では、何本ものパイプを惜しげもなく使ったパイプオルガンが、多分、結婚式の時にだけに使われるという、非常にもったいない使われ方をしているのだろうと空想した。この、異様な場所に設置された場違いな豪華なパイプオルガンこそ、日本人の、特に日本人女性の、キリスト教風結婚式に対する強烈な憧れを表すシンボルなのであると漏れは痛切に実感した。

(続く)

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Column "Hitorigoto"

Vol.38 「結婚式教会」という名のちゃんとしていない教会 Part.1