話を什一献金に戻すが、聖書の中では、新約、旧約ともに、収入の十分の一を神にささげるよう促す個所があちこちに出てくる。実際、世界中の多くの教会では教会員の什一献金を奨励しているし、実際に多くのクリスチャンが収入の十分の一を献金している。石油王ロックフェラーもそうで、彼は熱心なプロテスタントであった母親の影響を強く受け、彼女の遺言に記された十の教えの中の第三条で:

3.右のポケットには、常に十分の一献金を用意してなさい

と戒められている。なお、この十の教えは結構示唆に富んでいるので、参考までに以下に記しておく:

1.実に親以上に、神様に仕えなさい
2.神様の次に、牧師に仕えなさい
3.右のポケットには、常に十分の一献金を用意してなさい
4.誰であっても、敵はつくらない
5.礼拝をささげる時は、いつも一番前の席に座りなさい
6.朝はいつも、その日の目標を立て、神様の御前で祈りをささげなさい
7.寝る前には、必ず一日を悔い改める祈りをささげなさい
8.他人を助ける力がある時は、精いっぱい助けなさい
9.日曜日の礼拝は必ず、所属している教会でささげなさい
10.朝、目覚めた時には、まず神様の、御言葉を読みなさい

 なお、ロックフェラーはこの教えを忠実に守り、彼が後に石油会社を興して巨万の富を得るようになってからも社内に什一献金を管理する専門の部署を作り、什一献金を徹底したそうだ。

 ところで、世には什一献金どころか、什二什三献金している人も実際にいるらしい。オバマ大統領の就任式で祈祷を担当したリック・ウォレン牧師などは、なんと什九献金を本当にやっているそうだ。まあ、ウォレン牧師は相当稼ぎが良さそうだから出来るんだろうなんて下衆な漏れなんかは勘ぐってしまうが、それにしても自分の収入の十分の九を献金するなんて、普通の人にはなかなか出来ることではないのは確かであろう。

 というわけで、漏れみたいな不真面目はクリスチャンなんかは、本当に什一献金をしているかと問われるとお茶を濁してしまうのであるが、しかし、什一献金は個人の所得税みたいに年次で確定申告をして納めるというよりも、一生全体で神からいただく恵みの一割を死ぬ時までにお返しすればいいのではないかなどと、教会の牧師が苦笑いしそうなことも思ってしまっている。金額を管理する上ではロックフェラーみたいに収入が確定する毎に一割を取り分けてしまう方がやりやすいけれど、死ぬ時に一挙にどんとお返しするやりかたも、神は認めて下さると漏れは思う。だからといって全面的に甘えてしまってもいけないんだよなと、思ってしまう今日この頃でありました。

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Column "Hitorigoto"

Vol.37 神への確定申告 Part.3